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「雑草」という名の雑草。

「雑草という草などない」とおっしゃったのは昭和天皇だったか。

雑草を黙々と鎌で刈っていると反対にいろいろな妄想がモクモクと生えてくる。
そもそも雑草を刈るという作業は、経済的になにかを生み出す訳ではない。
雪国の雪かきと同じようなものか。雪はヘタをすれば命に関わることもあるが
雑草を生やし放題にしたからといって、命に関わることはなさそうだ。
髪の毛にも似ている。あんまり伸ばしすぎると社会的にいろいろ言われたりして
面倒くさいことが多い。

草刈りは昔からどこでもやられてきたことだと思うが
草を刈る人は何を考えているか、調べた人はいるのだろうか。

国の所有する河川の土手などの草刈りは別にして、自宅や近隣の草刈りなどを
進んで行うような人が意外に少なくない。日本人の気質なのかもしれないが、
対価のない労働、つまりは純粋労働であることに体が自然と喜んでしまう、というところに
実は重要なことが隠されているように思う。

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雑草にもいろいろある。雑草と向き合っていると気持ちがほぐれる。
「刈る」という行為を介してしか雑草と向き合えないのもなんだかヘンな感じだが。

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