匙のこと。
人間にとっての最初の「匙」は、手のひらだったと思うのです。
川や泉の水を漏らさないようにそれぞれの指にぎゅっと力を入れてすこし窪ませて作った手のひらの匙。
火を使うようになり、ぐつぐつ煮込んだ獲物のうまそうな煮汁をすくうのに素手でというわけにもいかず、手先の器用な食いしん坊のだれかがそこらに転がっていた木を石か何かで削ってこりゃイケルと初めて手に入れた生きるための道具としての匙。
多少の技術的な発展や素材の広がりはあったものの、この原始の匙と現在作られている匙の間にはたぶんそんなに大した差はないんだろうな、というのが面白い。「すくう」というごくシンプルな目的のための窪みを持つ道具。それが匙。
水をすくう。スープをすくう。いのちをすくう。
「掬う」と「救う」とで漢字は違うけれど、本来このふたつの言葉の語源は一緒なんじゃないかと思う。
すくい、すくわれる、人生。
美しい形の黄金比のようなものがあるといわれるけれど、例えば玉子のような自然にバランスのとれた形というのはシンプルな美しさと、見て触れた時の安心感がある。生活を共にする道具については、この安心感というのが結構重要な気がしています。
窪ませた手のひらに玉子をのせる。そんなイメージで彫りつづけて、たくさんの匙ができました。
来週から個展「匙」が始まります。
カモシカは、オカズデザインさんのアトリエでもあるすてきな空間です。オカズさんたちとは2006年に「えんがわカフェ」というイベントでご一緒して以来の長いお付き合いですが、その審美眼はやわらかくも鋭く、僕は彼らに作品を見てもらうときはいつもちょっとドキドキします。お料理も、器も空間もきちんと美しい。そんなカモシカに匙がどのように並ぶのか。正直、匙ばかりで大丈夫なんだろうか(今さら言うな)という不安もちょっとありますが。
でも、ほんと、木の匙おすすめです。
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